もう一つの野生。

今年の1月、高畑の禰宜道で出会った可憐なバンビ(下記の動画ラストシーンに登場)。

この半年、わたしの中では高畑のマスコット的存在だった。

小さいながらも機敏な動きが可愛さに拍車をかけていたからだ。

厳しい冬をうまく乗り越えて、これから良い感じに成長していくだろう。

これからもコイツにモデルになってもらおうかな・・・

そう思っていた矢先だった。

昨日、禰宜道に行くも、いつものグループにこの子だけがいない。

しばらくして、ふらつきながら姿を見せる。

これまでは決して、私の手が届く範囲までは近寄らなかったのに、

よろよろと足下まできて、小刻みに震えている。

ポケットから出したニンジンを私の手から直接食べる

本来、高畑のシカは半野生なので人間の手から直接ものを食べない。

虚ろな目でニンジンを弱々しくほおばる姿に、胸騒ぎがする。

すでに仲間からも見限られているようだ。

小さな野生動物の死がせまっている。

だが、ここでもう一つの野生、奈良公園のシカ独自の生存本能が目覚める。

死を悟ったシカは、人間を親のように頼ろうとするのだ。

去年も浮見堂にそんな子鹿がいたし、今年もいる。

しかし浮見堂のバンビは、セミのけたたましい鳴き声のなかで、

荒池の芝で眠ったまま、目を覚ますことは無かった。

人なつっこいだけに、死んでしまったときのショックは、大きい。

この高畑のバンビも、いつか手からニンジンを食べてほしいと思っていたけど、

まさか、こういう形で距離が縮まるとは思わなかった。

食欲自体はあるので、なんとか持ち直してほしいと願う今日この頃。

カメラざっかん@音声録音。

大阪日本橋のビデオ近畿にいらん機材を売りにいった。このビル8Fにはかつて「セーラー洗体」なるいかがわしい店があったが、エレベーターのフロアラベルを見ると店名が変わっていた。前のままでよかったのに・・・などと思っているうちにドアが開く。エレベーターから一歩出ればそこがビデキンのフロアだ。

売却機材の査定に思いのほか時間がかかったので、店長さんに三脚のカウンターバランスとパーフェクトバランスの違いや、業務用カムコーダーのマイクについていろいろ教えてもらう。こういうコミュニケーションって、PC黎明期のパソコンショップみたいで愉しかったな。

でで、音声録音の話。一般ピープルにとってビデオといえばハンディカムで当然音声はステレオ録音なわけです。オリンパスやソニーの一眼動画だって当然ステレオなんですよ。私の動画
Singing with Deersの野鳥の鳴き声とか素敵でしょ?でしょ? ほとんどがOM-Dの内蔵マイクです。

そんな私にとって、キャノンEOSは上位機種でもモノラルで、正直時代錯誤すぎてびっくりでした。まあ外部マイクにしてもAF音ガーガー拾いまくりで、どっちみち駄目なんですけどね。スチルカメラに何キレてんですかアホなの?動画のフォーカスはマニュアルが基本ですが、もしかしてバカですか?・・・と絡まれるので、もうやめますけど。

でもさあ、何十万、何百万するカムコーダーがモノラル指向性マイクがデフォっておかしくない?ってビデキン店長さんに訊いてみた。店長さん曰く↓

昔の名残ですね。テープの時代では2chのうち一つはモノラルマイク、もう一つは音声さん用のチャンネルまたはタイムコードを入れてたんですよ。いろんな制約の中でがんばってたんです。カメラ側の音声は、まあ、サブとしてのメモ用ですね。ステレオが欲しい場合は別録です。音声波形の見えないテープでの映像と音声を合わせるのは大変でした。まあそれ専従のプロがやってね、そりゃあもう職人芸ですよ(遠い目)。

なるほど、映像の世界での「プロ」機っていうのは、画質や音質以前に「カメラ」「音声」「編集」・・・などといった分業体制を前提とした仕事道具なわけですねえ。プロ用のカムコーダーのオーディオ周りが適当なのは当然の帰結なのかな。でもさあ、そういう本格的な映像をワンマンでやるための道具も必要なわけで、そういう方向性で技術開発してほしいな、と思う今日この頃。

カメラざっかん@動画AF。

動画撮影時のオートフォーカス(AF)にとても関心がある。これまでスチルカメラにおけるAF性能は、人間離れした合焦スピードが争点だったけれど、ムービーの世界では合焦スピードは遅いほうがキレイに見える。フォーカス移動を時間軸上で表現する以上、そのスムースさも重要な技術要件となっている。そんな観点から、昨日、梅田のヨドバシカメラの二階をうろうろしていた。

オリンパスのE-M1 MK2は高速連写と追尾だけでなく動画AFもなかなら良い感じだった。合焦までの前半はコントラストで最後の詰めを象面位相差でやってるようで、合焦システム切り替え時にちょっとカクつく。まあ個人的には許容範囲内かな。手ぶれ補正ばっかり褒められる機種だけど、動画AF性能も地味に優秀である。 

ソニーのα99 MK2は、もともと動画屋だけあって、動画時の追尾性能に安定感がある。しかしF3.5縛りがあって「一眼動画のアイデンティティ的にどうなのよ?」というがっかり感はある。あと液晶がタッチパネルだったらAF便利なのになあ。AFと関係ないけど、ソニーの電子水準器に慣れると、他のメーカーのがダメダメに思えてくる。

パナソニックのGH5は動画界のスタンダードだが、一眼動画系プロ機だけあって、そんなにAFに力を入れていない(ような)。そもそも「プロ」とは保守的な安定志向の業界を意味するのであって、「動画をAFで撮影する」という発想がそもそもない。そういうプロのしがらみを無視してやってるオリンパスの方がイノベーティブな感じがする(迷走するときもあるけど)。

キャノンの1DX MK2は、動画機としてまったく期待されていない機種だけど「個人的にはこれしかない」と思っている。デュアルピクセルは動画でその真価を発揮するセンサーだ。もっとも、それだけなら5D MK4でもいいが、地面すれすれで撮ったり、日差しが眩しくてカメラの液晶が見れないような撮影条件では、iPhoneによる遠隔表示・コントロールが必須となる。動画撮影でこれができるのは1DX MK2だけだ(ただし2009年以降発売のレンズに限る)。キャノンはAF音がガーガーうるさいのが致命的欠点だったが、遠隔から録音・操作できるならそれほど問題ではない。

バブル・クリティーク。

東洋経済の特集「バブル全史」を読んでみて、イマイチつまらないと感じた。この「イマイチ」な気分を下記もうちょっと具体化する。

今、30年前のバブルの意味合いは大きく二つある。

  • 一つは「昔の好景気はすごかったんだぞ」という現代とは異質な過去として
  • もう一つは「どこか今と似てないか」という現代と相似した反復の過去として

東洋経済の記事のつまらなさは、あえてこの時期にバブルを語ること=現在進行形のアベバブル検証、を匂わせながらも実質的な記事内容は「昔はすごかった」で終始していた点だ。

だがこの二つのバブルは全くの別物だ。昭和のバブルは、その後の先進各国のライフスタイルを刷新するような商品やサービスが数多く生まれたけれど、アベバブルには何もない。

数値の算出方法を変えて好景気感を演出しているだけで、みんな薄々きづいてるけど、同じアホなら踊らにゃ的道化に興じている。見よ、このアベらしい偏差値低めの数字遊びを!

 

昭和バブルと今回のバブルのもう一つの差異は、バブル崩壊以後の状況にあるのではないか。過去の崩壊では、まだ再起動可能な雰囲気があったけれど、今回のバブル崩壊後は立ち直れないな、と。悲観しすぎか?